25-0914 あなたの人生は福音にふさわしいか?

親愛なる兄弟姉妹へ

私は主、神の御言葉、このメッセージ、神の声、神の預言者、神の花嫁を、命そのものよりも愛しています。 それらは私にとってすべて一つです。 私は、神がその御言葉に書かれたり、預言者を通して語られたりした一字一句、あるいは一つの御言葉にも、決して妥協したくありません。 私にとって、それはすべて「主はかく仰せられる」なのです。

神がそれを思い、預言者たちに語り、彼らが神の御言葉を書きました。 それから、神はアブランハムの時と同じように、再び人の肉体でご自身を現わすために、この時代に力強い天使ウィリアム・マリオン・ブランハムを地上に遣わされました。 そして、神はご自身の預言者を通して世界に対する神の声として語られ、世の初めから神に定められた花嫁のために隠されていたすべての奥義を明らかにし、解き明かされました。

今、神の花嫁であるあなたは、御言葉が肉体となった存在、すなわち神と一つとなった、完全に回復された御言葉の花嫁になりつつあります。

私は、自分の言うことや書くことが誤解されていることを知っています。 私たちの預言者と同じように謙虚に言わせていただきますが、私は教育を受けておらず、心で感じていることを正しく書いたり話したりすることはできません。 時々、きつい言葉で書いてしまうことがあるのは認めます。 そのような場合、それは軽蔑を示すためでも、間違った態度をとるためでも、誰かを裁くためでもなく、その反対です。 私は神の御言葉に対する心の中の愛から、そうしているのです。

私は、神がその花嫁を呼び出すために送られたこのメッセージを、誰もが受け入れて信じてほしいと願っています。
私は心の中で、牧師たちがもう説教をすべきではないと感じたことは一度もありません。 それは神の御言葉に反することになるでしょう。 私はただ、テープに録音された神の声に対して熱心なのです。 私は、すべての伝道者が人々の前にまず置かなければならない、最も重要な声はこれだと信じています。 これは彼らが説教をしてはいけないという意味ではありません。 私はただ、人々がその油注ぎの下に集まった時に、教会でテープを流すことを奨励したいだけなのです。

ええ、私は全世界が同時に同じメッセージを聞くことができたら素晴らしいと思っています。 それは「私が」そう言ったからでも、「私が」聞くテープを選んだからでもありません。 私は、神がこの時代にこれを行うための道を作られたことを、花嫁はきっと理解するだろうと感じているのです。

もし、今日イエスが話された録音テープがあったとして、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネが書いたイエスの言葉(彼らは皆少しずつ違う言い方をしました)ではなく、私たち自身の耳でイエスの声、イエスの個性、イエス独特の話し方を聞くことができたとしたら、今日の伝道者たちは自分の教会にこう言うでしょうか?「私たちは教会でイエスの録音を流しません。私はそれを説教し、引用するよう召され、油注ぎを受けています。皆さんは家に帰ってから聞きなさい。」 人々はそれを容認するでしょうか? 悲しいことに、しかし、それはまさに今日彼らがしていることなのです。 どんなに取り繕っても、何の違いもありません。

私にとって、ブランハム兄弟は私たちに一つの模範を示してくれました。 彼は、すべての教会や家庭、あるいはどこにいても、全員が回線でつながり、同時にメッセージを聞くことを愛していました。 彼は、人々がテープを手に入れて後で聞くことができることを知っていましたが、彼は皆が一つになって、同時にメッセージを聞くことを望んでいました。…私にとって、それは神がこの時代に何が起こり、何をすべきかをご自身の花嫁に示されたことなのです。

すべての真のメッセージを信じる伝道者は、テープに録音された、神の声の油注ぎの下に座ること以上のものはないと同意するでしょう。 花嫁は、このメッセージが今日のための神の御言葉であるという啓示を信じ、持ちます。 私は御言葉によってのみ裁くことができますが、このメッセージを彼らの絶対的なものだと言わない人は、今日のための御言葉の啓示を持っていません。 したがって、彼らは神の花嫁であり得るのでしょうか?

それはただ引用したり、説教したり、教えたりすることではなく、テープでそれを聞くことこそ、花嫁が「私はすべての御言葉を信じます」と言うことのできる唯一の場所なのです。 このメッセージは「主はかく仰せられる」です。 私が説教したり教えたりすることは「主はかく仰せられる」ではありません。 しかし、テープに録音された神の声はそうなのです…それは火の柱によって証明された唯一の声なのです。

私は、こう言ったり感じたりする兄弟姉妹がいることを知っています。「ブランハム会堂の投稿するメッセージを聞かなかったり、イーグル・ギャザリングの手紙を読まなかったり、家で同時に聞かなかったりするなら、あなたは花嫁ではない」とか、「教会に行くのは間違っていて、家にいなければならない」と。 それは大変間違っています。 私はそんなことを考えたことも、言ったことも、信じたことも一度もありません。 それは花嫁の間でさらに多くの分離や、わだかまり、交わりの断絶を引き起こしており、敵はそれを利用して人々を分裂させています。

私は決して花嫁を分裂させたくありません。私たちが一つになければならないと御言葉が言っているので、私は花嫁をひとつにしたいのです。 私たちはお互いに口論すべきでなく、私たちを一致させることができるのは、テープに録音された神の声の他にありません。

私たちは口論したり、人々に「これをしなさい、そうしないと、花嫁ではない」と言うべきではありません。 ただ主の導きに従って行動すればよいです。 彼らは依然として私たちの兄弟姉妹なのです。 私たちはお互いを愛し、尊敬する必要があります。

さあ、口論しないでください。 分かりますか? 短気は短気を生みます。 すぐにあなたは聖霊を悲しませてしまい、言い争うようになるでしょう。 そして聖霊は飛び去ってしまいます。 短気は短気を生みます。

預言者がここで言ったことにあるように、私は決して聖霊を悲しませたくありません。 私は決して口論したくありません。 私たちは愛をもって話し合うことはできるが、口論はできません。 もし私が書いたことや言ったことで誰かを不快にさせたなら、どうかお許しください。 それは私の意図ではありませんでした。

以前にも述べたように、私は今日のための神の声に人々を指し示すという、主からの召しを自分の人生に感じています。 他の伝道者には別の召しがあり、おそらく物事を違って見ています。 主を賛美します。 彼らは聖霊に導かれると感じていることを行っているのです。 私の働きは、単に花嫁に「再生ボタンを押してください」そして「テープに録音された神の声は、あなたが聞くことができる最も重要な声です」と伝えることなのです。 「私は、伝道者が彼らの教会でテープに録音された神の声を流すべきだと信じています。」

私が毎週書いている手紙は、ブランハム会堂の一部であると感じている花嫁のためです。 他の多くの人々が読んでいることは知っていますが、私は私たちの教会のために、自分が導かれると感じたことをする責任しかありません。 各教会は主権を持っています。 彼らは主によって導かれると感じることを行わなければなりません。 それは100%御言葉です。 私は彼らに反対しているわけではありません。 私たちはただ意見が違うだけです。 私とブランハム会堂としては、私たちはただテープに録音された神の声を聞きたいだけなのです。

私は毎週、全世界を私たちに招いています。 もし参加できなくても、一本のテープ、どのテープでもいいので選んで、再生ボタンを押すことを推奨します。 これまでになく油注がれるでしょう。 ですから、今週の日曜日、ジェファーソンビル時間正午に、私たちと一緒に集い、63-0630E 「あなたの人生は福音にふさわしいか?」を聞くことをお勧めします。

ジョセフ・ブラナム兄弟より